2023年7月18日、ゼミの見学会のため日本橋COREDO室町へ足を運んだ。現在ここでは一風変わった展覧会、Immersive Museumが開催中である。
本展で鑑賞者を出迎えるのは実物の作品が並ぶ展示会場ではない。暗幕をくぐると、床と壁面に映像が投影される広大なシアター空間に出迎えられる。床には大小様々な心地よいクッションが置かれ、多くの人々が思い思いの体勢でゆったりと鑑賞を楽しんでいた。
”Immersive “をタイトルに冠するように、本展ではダイナミックな映像および音響を通して、ポスト印象派の4人の画家を中心にした画家の作品へ身体ごと入り込むかのような体験が味わえる。
ここで流れる映像はいくつかのセクションに分かれており、それぞれが様々な方法で作品の魅力にアプローチを取っている。ある作家1人の作品にフォーカスしたり、2人の作品を同時に取り上げて並べたりと扱うものは色々だが、いずれにおいても絵画世界へ見る人を引き込き込む力が働いていた。
例えばゴッホの絵画のセクションでは《種をまく人》といったさまざまな彼の絵画がスクリーンいっぱいに広がり、空間はさながらそこに描かれた風景の中であるかのように変容する。さらにもはやそれは静止画ではなく、ゴッホの粗い筆致の一つ一つは分解され、浮き上がり、渦巻きながら生き生きと作品のイメージを形成している。ここで覚える力強い色彩の中に飲み込まれるかのような錯覚はすさまじい。一連の映像の中でも非常に印象的な場面であったが、このドラマチックさは平面に込められている作品の持つエネルギーを、そのまままさに体感できる形で示したものであったように思われた。映像や音響を介して、作品に内在する魅力が効果的に伝えられうることを強く感じたセクションであった。

また本展はエンターテイメント性も高いと言えるが、同時に映像中に各画家の表現について学びが深まるような工夫が散りばめられている点も見逃せない。
一点目には、映像中複数のセクションにおいて画家の用いた技法に光が当てられていることが挙げられる。例えばスーラにフォーカスしたパートでは、3DCGの非常にリアルな無数の色粒が集合し、《グランド・ジャッド等の日曜日の午後》等のスーラの作品を形成する演出が見られる。これが色を点で置く点描技法を連想させるものであることは、言葉を知らずとも直感的に掴むことができるだろう。美術の専門的な領域にあまり馴染みのない鑑賞者にも、映像を通して感覚的に作品の特性を伝えるような工夫と言えるのではないだろうか。
他にもセザンヌのデフォルメやゴーガンのクロワゾニスムなどを示唆する演出が見られ、どれも映像化の上でのアイデアが光るものになっており非常に興味深かった。

二例目には各画家の表現の類似と差異に気づきを促している点を挙げたい。二人の画家について互いに類似した主題を描いた作品を並べて映し出すという場面があるが、ここで読み取れるのは画家たちの描く対象についての興味の重なりや表現の類似、および逆に似たものを描いているからこそ浮き上がってくるそれぞれの独自性といったものだろう。例えば写真の場面ではゴーガンとゴッホが座った女性を描いた絵画が並んでいる。対象を描くにあたって輪郭線を用いている点や背景の色面的な表現、人物のハイライトの描き方などにおいて類似していることが目立つ一方、やはりタッチ等にはそれぞれの個性が色濃く表れているように思われる。このように比較を通して2人が互いの表現を取り入れながらも独自性を築いていたことが見えてくるのだ。
本展には自身の目でそれぞれの画家の特徴を見出すチャンスがたくさんあり、このことは各自の中で楽しい鑑賞経験へつながっていくだろう。

最後に、本展は視覚、聴覚を通じてポスト印象派の作品世界への没入を誘い、学びと共にその魅力を今一度発見させるものであったと言えよう。本展を味わった今、彼らの作品を生で鑑賞できる機会が一層楽しみに感じられる。(隅田梨奈)